いろいろなサイトでhiphopの歴史について学べますが、改めてここでも簡単にhiphopについてまとめておきます。
hiphop(ヒップホップ)とは
1970年代初頭、アメリカニューヨークのブロンクス区のゲットー(有色人種の貧困層が居住する地区)のアフリカ系アメリカ人(黒人)達が生み出したgraffity(グラフィティ)、mc(エムシー)、dj(ディージェイ)、break dance(ブレイクスダンス)の4大要素を軸とするサブカルチャーである。
建造物の壁や地下鉄にメッセージを落書きするgraffityアクロバットのようなbreak dance音楽面では自己主張や社会風刺をビートにのせて言葉遊びするmc(rap)レコードをスクラッチして新しい音楽を作るdjなど、貧しい若者たちがお金を使わずに楽しめる娯楽を生み出した。
1970年代当時、世間ではディスコが大ブームだったが、貧困なアフリカ系アメリカ人の若者達は、ディスコに遊びに行くお金がなく、そこで、彼らは公園に集まりパーティーをするようになる。
家からターン・テーブル(レコード・プレーヤー)を運び出し、DJがレコードを回すなかでダンサーが踊り、グラフティー・アーティストは建物や列車に絵を描き、MCはラップを披露した。パーティーは、ブロック・パーティーと呼ばれ、貧困な若者達は、お金のかからない公園で遊んだ。ヒップホップの始まりである。
これらのパーティーのなかで、3人のカリスマDJが存在した。若者達は、彼らが出現するブロック・パーティーに足を運ぶようになる。
その3人とは、クール・ハーク、アフリカ・バンバータ、グランド・マスター・フラッシュの伝説のDJ達だ。この3人は、ヒップホップの歴史では、元祖と称されている。
セドウィックセダーでブロックパーティーを開催し、そこからhiphopが誕生(セドウィックセダーは2007年7月にhiphop誕生の地としてNYの歴史保護公園に指定されてます)。
またジャマイカからrapを持ち込む。
そしてブレイクでダンサーが盛り上がるのを見て、ブレイクの部分を繋ぎbreak beatsを作った。
break boy→bboyの名付け親。
スクラッチを作り出した事で有名なグランド・マスター・フラッシュは、カリスマの3人の中で、一番エンターテイメント性が強い人物である。彼はDJのプレイ中に、客に背中を向けてDJプレイをして喜ばせたりした。また、フィリアス・ファイブをMCとして一緒にパフォーマンスを行う。
元ギャング団ブラックスペイドのボスであり、ヒップホップの名付け親。ギャング団による殺し合いをやめてダンスやラップで戦う事を提案した。
70年代半ばにストリート・ギャング団が消滅したころ、DJやMC、グラフティー・アーティスト、ダンサーを集めたヒップホップ組織、ZULU NATION(ズールー・ネーション)を立ち上げた。
この組織は、暴力やドラッグなどの無意味さを訴え、正義、平和、自由、愛・・・等を信念とし、ヒップホップを盛り上げていく。現在ではUNIVERSAL ZULU NATION(ユニバーサル・ズールー・ネーション)に発展し、国際的な活動を行っている。また、アフリカバンバータはドイツのエレクトロアーティスト“クラフトワーク”から影響を受け、1982年に発表したシングル、「プラネット・ロック(Planet Rock)」により、ヒップホップ、ハウス、テクノの音楽シーンに多大な影響を与えた。※hiphop4大要素の中で最も古い歴史を持つのはgraffityで、これら3人のDJも元々はgraffityのライターだったという。
またアフリカバンバータが掲げたヒップホップの四大精神、peace(ピース)・unity(ユニティー)・love(ラブ)・have a fun(ハブアファン)は前述のギャング団同士の憎しみ合い争う事を反省し、平和・繋がり(団決)・愛・楽しむ事を念頭にそれぞれが地域や人種を超えて個人個人を尊重する事の大切さを唱えた。
近年、さらに五番目にknowlege(知識)を加えたとされる。
それから今日のように、hiphopは世界中の若者に受け入れられ、各国それぞれのhiphopとして進化しています。
もっと詳しくはこちら→ヒップホップをクリック。
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